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今後の掲載予定 【小説】薫と紗織の出会い 【設定】薫の戦闘スタイルや人間関係など補足 【設定】紗織のプロフィール
2024/11/21 (Thu)18:57
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2014/06/03 (Tue)21:54
_紗織の朝は家事から始まる。
 空が白んでくるころに起きだして、まず部屋着に着替える。洗面所にむかって身なりをととのえると、洗濯機をセットし、次は掃除だ。一晩かけて降り積もったホコリを払ってまわると台所へむかい、手早く朝食と昼の弁当の準備にとりかかる。どちらも、昨夜のうちに下ごしらえはすんでいたので、たいした手間もない。
 そうしてひと息ついたころ、紗織の父が起きてくる。
「おはよ」
「おう、おはよう」
 いつもの挨拶をかわし、父――田抜藤一郎は大きく伸びをした。起きたばかりのようで、髪はぼさぼさだし無精ひげが伸びている。
 藤一郎は四十三歳。幼いころに母を亡くした紗織にとってはともに暮らす唯一の家族だった。
 田抜一刀流剣術道場の道場主である藤一郎は、剣の達人らしく、腰は据わっていて、首や腕は服の上からでも分かるほどに太くがっしりしている。180cmを超える長身も相成って、なかなかの迫力があるが、それほど威圧感があるように見えないのは、野辺の地蔵のような茫洋とした顔つきのせいだろうか。
「飯の前に、一汗流すか」
「うん」
 このやり取りもいつものことで、紗織は火を落として藤一郎につづいた。
 洗面所にむかった藤一郎に一声かけてから家を出ると、道場へむかう。
 紗織の家から少し歩いたところにある木造の平屋が、藤一郎が道場主を務める剣術道場である。古い建物だが、造りはしっかりしていた。
 この道場で、父とふたり朝食前に剣術の稽古をするのが紗織の日課だった。
 鍵をあけて道場に入った紗織は、壁にかけてある素振り用の木刀を手にすると、ひとり素振りを始めた。
 構えは青眼。上段に振りかぶり、体の中心線を通るようにまっすぐ振り下ろし、手の内を絞ってとめる。
 ひと振りごとに、筋肉と関節が目を覚ますような、溌剌とした心地好い感覚が体中を駆けめぐった。
 紗織が剣術をはじめたのは、まだ小学校に入る前、いつの間にか道場へ上がり込んでは見よう見まねで竹刀を振りまわしていた。それを見た父は、すぐに飽きるだろうと放っておいたのだが、飽きるどころかみるみる剣術の魅力にとりつかれていった紗織は、他の遊びには目もくれず稽古に励み、いつしか年上の男の門弟たちとも張り合えるほどの腕前に上達したのだった。
 紗織がひとりで素振りをつづけていると、藤一郎が道場へ入ってきた。顔を洗い、ひげをそってきたようで、小ざっぱりとした顔になっている。
 藤一郎は素振り用の木刀を取ると、紗織の隣に立って振りはじめた。
 紗織は一瞬腕をとめ、ちらりと父を見やったが、すぐに視線を前へもどすと、より一層気合を込めて振りだした。紗織の素振りも堂に入ったものだったが、藤一郎のそれは格がちがっていた。気を張っていないと、隣から感じる気迫に呑まれて身が竦んでしまいそうな、そんな迫力があった。
 それから、ふたりは基本の構えからの素振りを一通り流して、朝の稽古を終えた。
 紗織が汗を拭きながら家へもどろうとしていると、ふいに父の声が耳にとどいた。
『やれやれ、どんどん女らしさから遠ざかっていくな』
「……悪かったわね」
 不機嫌な声を出すと、背後で藤一郎がゲッ、と呻き声をもらした。
「もしかして、声に出てたか?」
「……フン」
 怖々と声をかけてくる藤一郎を振り返りもせず、紗織は道場を後にした。
 家に戻ると、自分の部屋で学校の制服へと着替える。
 藤一郎が内心で、女の子らしい生き方を望んでいることを紗織は知っていた。それでも、何も言わずに指導してくれるのは、紗織の意思を尊重してくれているからだ。そのことには感謝しているが、父の内心を感じるようなことがあると、自尊心や反発、罪悪感などが入り混じったような苛立ちで心が乱れる。
 ……でも、さっきのは?
 紗織の額に皺が寄ったときだった。
 ぴーッ!
 電子音がひびいて、思考が切断された。炊飯器のタイマーだ。丁度炊き上がったらしい。
「……ふう」
 ため息ひとつ、肩の力を抜いて、紗織は台所へむかった。
To be continued

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2014/04/15 (Tue)20:24

 五月晴れの空を見上げ、田抜・紗織はまぶしそうに目を細めた。
「いい天気」
「うん、晴れてよかったね。せっかくの遊園地だもの」
 となりで、同じクラスの少女、村永・月音がはしゃいだ声を上げた。
 ふたりが訪れていたのは、都内にある遊園地。紗織は大して興味があったわけでもないのだが、月音がどうしても来たいとかで、なかばひきづられるような形で強引につれてこられたのである。
 紗織は16歳。つややかな黒髪を腰まで伸ばし、暗がりのなかの熾火を思わせる暗い赤の瞳には気の強そうなひかりが宿っていた。
 美人と呼んで差し支えのない容姿ではあるものの、髪は適当に紐で束ねただけ。服装は無地のシャツにジーンズで装飾品もなく、遊園地に遊びに来た女子高生にしてはあまりに化粧っ気のないいでたちだった。
 それに対して、月音は淡い桃色のブラウスにショートパンツ。軽やかな栗色の髪やとろんとしたたれ目の幼そうな顔立ちに、花柄のブラウスがよく似合っている。
「紗織ちゃん、はやくはやく! まずはあれに乗ろうよ!」
「はいはい」
 まるで幼子のように、待ちきれない様子で紗織の手を引く月音に、紗織は微笑みを浮かべてついて行く。
 童顔で、どこか浮世離れした雰囲気の級友は、高2のくせにこういった子供っぽいしぐさが妙に似合うのだ。
「あたしね、すっごく楽しみにしてたんだ。そのせいで、昨日はあんまり眠れなくて……ふぁあ」
 列に並んだ月音は、興奮を隠せない様子だったが、ふいにあくびをして瞬きをした。
「あれ、おかし……むにゃ」
「ち、ちょっと月音!?」
 いきなり脱力して倒れそうになった月音を、紗織はあわてて抱きとめた。月音は紗織の腕の中で、のんきに寝息を立てている。それから間をおかず、ばたばたと倒れる音が立て続けに聞こえて、辺りを見まわして仰天した。
「こ、これは……!?」
 見渡すかぎりのすべての人が、地に倒れていたのだ。先ほどまでの人声やざわめきが消え、人々の寝息やいびき、遊園地の音楽だけがひびいている。
 異様な風景だった。
 月音を抱えたまま呆然と立尽くす紗織の耳に、突然きょとんとした人声が飛び込んできた。
『んにゃ? 何で寝ないの?』
 声のするほうに顔を向けると、遊園地の奥から、男の子が歩いてくるのが見えた。両手にお菓子を抱えてむしゃむしゃと口を動かしている。
 雪のように白い髪の持ち主だった。小柄でかわいらしい顔立ちなので、女の子と見違えそうである。
着ている水干は刃物で切り裂かれたようにズタズタで、黒ずんだ血痕のようなものであちこちが汚れている。凄惨な服装と、お菓子をほおばる無邪気な表情とがかみあわず、不気味に感じられた。
『んー、ダークネスって感じじゃないし、灼滅者?』
「……何?」
 男の子の口から聞きなれない単語が飛び出し、紗織は眉をひそめた。その様子を見て何と思ったのか、男の子はニィッと悪戯を思いついた悪ガキのように笑った。
『何にも知らないんだ? へえ、面白いんだァ♪』
 男の子がお菓子を放り捨てたのを見て、紗織の背筋がひやりと凍った。月音を抱きかかえたまま反転すると全力で走り出す。
『逃がさない☆』
 歌うような声がすぐ後ろで聞こえたかと思うと、背中に衝撃を受けて紗織は地面を転がっていた。
「かっ、は!?」
 なんとか受身を取ったものの、肋骨がきしみを上げて、すぐには起き上がることができない。
 男の子は、紗織が取り落とした月音には目もくれず、こちらに歩いてくる。
『退屈してたところだったんだ。ちょっと遊んでよ』
 震える両足を叱咤して、やっとのことで立ち上がる紗織に、男の子は笑顔を向ける。
 まるで子どもが遊びに誘うようなだが、そんなかわいらしい話だとは、とても思えない。
『さあ、行くよ!』
 軽く地面をけった、と思ったときには、男の子は紗織のふところに飛び込み、右の拳を放とうとしていた。
「くっ!」
 反射的に右手で男の子の正拳をそらすと、そのまま手首をつかんで固定。左手でこめかみを打った。
『おわっ!?』
 驚いた声を上げる男の子に、追撃を見舞おうとした紗織は、ギョッとして飛びのいた。
 震える指先で、男の子の額を指す。
「な、そ、それって……つ、角?」
 そこには、硬質な漆黒の角が二本、生えていた。ただの装飾品にしては妙に活き活きと感じられて、本物であろうと紗織は直感的に感じた。
『ニィヒヒヒッ! ホントに知らないんだねー。じゃ、これも見たことないんだ?』
 ケラケラと哄笑して、男の子は右腕を振り上げた。
 グッと力強く拳を握ると、腕が赤黒く染まり、メキメキと音を立てて巨大化していく。
「な、何よそれ!」
 紗織は色を失って叫んだ。男の子の右腕は、原型をとどめておらず、鬼のそれと化していた。いくらなんでも、理解の範疇を超えている。
『《鬼神変》っていうんだ、よっと!』
 言いながら、男の子は異形の右腕を紗織にたたきつけた。
 間一髪、身を投げ出すようにしてかわすと、さっきまで紗織が立っていた地面に、巨大な腕がめり込んでいた。あんなものを身に受けたらと思うと、ぞっとする。
 腰が引けて後じさる紗織の視界の隅に、ふと横たわる月音の姿が映った。
 ……たとえ逃げられたとしても、そうしたら月音はどうなるか。
 その葛藤が、隙をつくった。
『そう、れぃ!』
 耳を打つ掛け声に、ハッと向き直ると、紗織を押しつぶすように鬼の拳が降ってくるところだった。
 ……かわせない!
 そう察知した体が、恐怖で硬直した。
 そのときだった。
 オオーーンッ!!
 遠吠えが聞こえたかと思うと、紗織と男の子の間の地面に、ちいさな白い影が飛び込んできた。
 ガキッ、とまるで鉄同士がぶつかったような音を立て、男の子の怪腕をはじき返した影の正体を見て、紗織はあんぐりと口を開いた。
「犬……いや、ひょうっとして、狼?」
 それは、純白の毛皮を持った狼だった。大きさは柴犬の成犬ほどだろうか。口に刀をくわえ、首からは昔の銭を思わせる金の円盤。背には幾枚もの護符が貼られている。
 狼は男の子へ刀を向けて低いうなり声を上げた。
『ったく、いいとこで邪魔すんだから。はいはい、分かったよ。……じゃ、また遊ぼうや、お姉さん?』
 男の子は白けたように右腕の異形化を解くと、紗織に手を振って走り去っていく。
 狼は、呆気にとられている紗織を一瞥し、男の子の後を追ってその場を後にした。
 しばらく呆然としていた紗織だったが、我に返ると慌てて月音の許へ駆け寄った。
「……いったい、何だったの?」
 紗織のつぶやきに答える者はなく、ただ虚しく空へと消えていった。
――――To be continued



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