今後の掲載予定
【小説】薫と紗織の出会い
【設定】薫の戦闘スタイルや人間関係など補足
【設定】紗織のプロフィール
2014/06/03 (Tue)21:54
_紗織の朝は家事から始まる。
空が白んでくるころに起きだして、まず部屋着に着替える。洗面所にむかって身なりをととのえると、洗濯機をセットし、次は掃除だ。一晩かけて降り積もったホコリを払ってまわると台所へむかい、手早く朝食と昼の弁当の準備にとりかかる。どちらも、昨夜のうちに下ごしらえはすんでいたので、たいした手間もない。
そうしてひと息ついたころ、紗織の父が起きてくる。
「おはよ」
「おう、おはよう」
いつもの挨拶をかわし、父――田抜藤一郎は大きく伸びをした。起きたばかりのようで、髪はぼさぼさだし無精ひげが伸びている。
藤一郎は四十三歳。幼いころに母を亡くした紗織にとってはともに暮らす唯一の家族だった。
田抜一刀流剣術道場の道場主である藤一郎は、剣の達人らしく、腰は据わっていて、首や腕は服の上からでも分かるほどに太くがっしりしている。180cmを超える長身も相成って、なかなかの迫力があるが、それほど威圧感があるように見えないのは、野辺の地蔵のような茫洋とした顔つきのせいだろうか。
「飯の前に、一汗流すか」
「うん」
このやり取りもいつものことで、紗織は火を落として藤一郎につづいた。
洗面所にむかった藤一郎に一声かけてから家を出ると、道場へむかう。
紗織の家から少し歩いたところにある木造の平屋が、藤一郎が道場主を務める剣術道場である。古い建物だが、造りはしっかりしていた。
この道場で、父とふたり朝食前に剣術の稽古をするのが紗織の日課だった。
鍵をあけて道場に入った紗織は、壁にかけてある素振り用の木刀を手にすると、ひとり素振りを始めた。
構えは青眼。上段に振りかぶり、体の中心線を通るようにまっすぐ振り下ろし、手の内を絞ってとめる。
ひと振りごとに、筋肉と関節が目を覚ますような、溌剌とした心地好い感覚が体中を駆けめぐった。
紗織が剣術をはじめたのは、まだ小学校に入る前、いつの間にか道場へ上がり込んでは見よう見まねで竹刀を振りまわしていた。それを見た父は、すぐに飽きるだろうと放っておいたのだが、飽きるどころかみるみる剣術の魅力にとりつかれていった紗織は、他の遊びには目もくれず稽古に励み、いつしか年上の男の門弟たちとも張り合えるほどの腕前に上達したのだった。
紗織がひとりで素振りをつづけていると、藤一郎が道場へ入ってきた。顔を洗い、ひげをそってきたようで、小ざっぱりとした顔になっている。
藤一郎は素振り用の木刀を取ると、紗織の隣に立って振りはじめた。
紗織は一瞬腕をとめ、ちらりと父を見やったが、すぐに視線を前へもどすと、より一層気合を込めて振りだした。紗織の素振りも堂に入ったものだったが、藤一郎のそれは格がちがっていた。気を張っていないと、隣から感じる気迫に呑まれて身が竦んでしまいそうな、そんな迫力があった。
それから、ふたりは基本の構えからの素振りを一通り流して、朝の稽古を終えた。
紗織が汗を拭きながら家へもどろうとしていると、ふいに父の声が耳にとどいた。
『やれやれ、どんどん女らしさから遠ざかっていくな』
「……悪かったわね」
不機嫌な声を出すと、背後で藤一郎がゲッ、と呻き声をもらした。
「もしかして、声に出てたか?」
「……フン」
怖々と声をかけてくる藤一郎を振り返りもせず、紗織は道場を後にした。
家に戻ると、自分の部屋で学校の制服へと着替える。
藤一郎が内心で、女の子らしい生き方を望んでいることを紗織は知っていた。それでも、何も言わずに指導してくれるのは、紗織の意思を尊重してくれているからだ。そのことには感謝しているが、父の内心を感じるようなことがあると、自尊心や反発、罪悪感などが入り混じったような苛立ちで心が乱れる。
……でも、さっきのは?
紗織の額に皺が寄ったときだった。
ぴーッ!
電子音がひびいて、思考が切断された。炊飯器のタイマーだ。丁度炊き上がったらしい。
「……ふう」
ため息ひとつ、肩の力を抜いて、紗織は台所へむかった。
空が白んでくるころに起きだして、まず部屋着に着替える。洗面所にむかって身なりをととのえると、洗濯機をセットし、次は掃除だ。一晩かけて降り積もったホコリを払ってまわると台所へむかい、手早く朝食と昼の弁当の準備にとりかかる。どちらも、昨夜のうちに下ごしらえはすんでいたので、たいした手間もない。
そうしてひと息ついたころ、紗織の父が起きてくる。
「おはよ」
「おう、おはよう」
いつもの挨拶をかわし、父――田抜藤一郎は大きく伸びをした。起きたばかりのようで、髪はぼさぼさだし無精ひげが伸びている。
藤一郎は四十三歳。幼いころに母を亡くした紗織にとってはともに暮らす唯一の家族だった。
田抜一刀流剣術道場の道場主である藤一郎は、剣の達人らしく、腰は据わっていて、首や腕は服の上からでも分かるほどに太くがっしりしている。180cmを超える長身も相成って、なかなかの迫力があるが、それほど威圧感があるように見えないのは、野辺の地蔵のような茫洋とした顔つきのせいだろうか。
「飯の前に、一汗流すか」
「うん」
このやり取りもいつものことで、紗織は火を落として藤一郎につづいた。
洗面所にむかった藤一郎に一声かけてから家を出ると、道場へむかう。
紗織の家から少し歩いたところにある木造の平屋が、藤一郎が道場主を務める剣術道場である。古い建物だが、造りはしっかりしていた。
この道場で、父とふたり朝食前に剣術の稽古をするのが紗織の日課だった。
鍵をあけて道場に入った紗織は、壁にかけてある素振り用の木刀を手にすると、ひとり素振りを始めた。
構えは青眼。上段に振りかぶり、体の中心線を通るようにまっすぐ振り下ろし、手の内を絞ってとめる。
ひと振りごとに、筋肉と関節が目を覚ますような、溌剌とした心地好い感覚が体中を駆けめぐった。
紗織が剣術をはじめたのは、まだ小学校に入る前、いつの間にか道場へ上がり込んでは見よう見まねで竹刀を振りまわしていた。それを見た父は、すぐに飽きるだろうと放っておいたのだが、飽きるどころかみるみる剣術の魅力にとりつかれていった紗織は、他の遊びには目もくれず稽古に励み、いつしか年上の男の門弟たちとも張り合えるほどの腕前に上達したのだった。
紗織がひとりで素振りをつづけていると、藤一郎が道場へ入ってきた。顔を洗い、ひげをそってきたようで、小ざっぱりとした顔になっている。
藤一郎は素振り用の木刀を取ると、紗織の隣に立って振りはじめた。
紗織は一瞬腕をとめ、ちらりと父を見やったが、すぐに視線を前へもどすと、より一層気合を込めて振りだした。紗織の素振りも堂に入ったものだったが、藤一郎のそれは格がちがっていた。気を張っていないと、隣から感じる気迫に呑まれて身が竦んでしまいそうな、そんな迫力があった。
それから、ふたりは基本の構えからの素振りを一通り流して、朝の稽古を終えた。
紗織が汗を拭きながら家へもどろうとしていると、ふいに父の声が耳にとどいた。
『やれやれ、どんどん女らしさから遠ざかっていくな』
「……悪かったわね」
不機嫌な声を出すと、背後で藤一郎がゲッ、と呻き声をもらした。
「もしかして、声に出てたか?」
「……フン」
怖々と声をかけてくる藤一郎を振り返りもせず、紗織は道場を後にした。
家に戻ると、自分の部屋で学校の制服へと着替える。
藤一郎が内心で、女の子らしい生き方を望んでいることを紗織は知っていた。それでも、何も言わずに指導してくれるのは、紗織の意思を尊重してくれているからだ。そのことには感謝しているが、父の内心を感じるようなことがあると、自尊心や反発、罪悪感などが入り混じったような苛立ちで心が乱れる。
……でも、さっきのは?
紗織の額に皺が寄ったときだった。
ぴーッ!
電子音がひびいて、思考が切断された。炊飯器のタイマーだ。丁度炊き上がったらしい。
「……ふう」
ため息ひとつ、肩の力を抜いて、紗織は台所へむかった。
To be continued
と、言うわけで『指定の出会い』本編突入です。
田抜一刀流とか剣術についての解説も入れようかと思ったけど、現状でも十分説明文が多い感じだし、くどいかと思ったので次回以降へ持越し。
もうちょいキャラ描写とかも入れた方がいいかなぁ、とか物足りない感もあるけれど、とりあえず書き進めてみます。
本当はもっとプロット練った方がいいんだろうけど、今回の目標は書ききること!
PR
Comment
プロフィール
性別:
非公開
最新記事
(01/25)
(11/30)
(09/06)
(07/13)
(06/13)
P R