今後の掲載予定
【小説】薫と紗織の出会い
【設定】薫の戦闘スタイルや人間関係など補足
【設定】紗織のプロフィール
2013/04/30 (Tue)12:00
7
月音は驚いていた。
神楽を舞い終えた薫が倒れるのとほぼ同時、闇の中から2メートルはあろうかという猿の化け物が飛び出して、月音をさらって走り去ったのだ。
しかし、さらわれたという事実よりも、こんな状況にありながら冷静でいられる自分の図太さに驚いた。
(お祓いしてもらったのになぁ)
などと、緊張感のないことが頭に浮かぶ。
山林の中をどれだけ走っただろうか。化け猿は唐突に足を止めると、空にむかって咆哮を挙げた。
『オオオォォォォォッ!!!』
すると、あちらこちらから枝を伝い、地を走り、たくさんの影が集まってくる。
近寄るにつれて、影の正体が猿であるのがわかった。化け猿に比べれば小柄だが、それでも成人男性ほどの大きさである。
化け猿は月音をその場に下すと、ブンッと腕を振るった。
それだけで、周囲の木々が薙ぎ払われる。
つづけて腕が振るわれれば、即席の広場ができあがった。
広場の中心に座らされた月音は、これからどうなるのかと戦々恐々しながら、化け猿を見上げることしかできない。
猿たちが月音を囲んで円陣を作ると、化け猿が大声をはりあげた。
『しっぺい太郎はおるまいな!』
『しっぺい太郎はおりませぬ!』
まわりの猿たちが、応えるように叫ぶ。
月音を中心とした猿たちの踊りが始まった。
『今宵この場のこの事は 信州信濃の山奥の しっぺい太郎に知らせるな スッテンスッテンスッテンテン』
奇妙な歌にのせた猿の踊りはしばらくつづいたが、やがて歌声が止み、化け猿が月音の前に立った。
ゆっくりと腕が振り上げられるのを見て、月音はとうとう自分が殺されるのだと思った。
(死ぬ直前って、走馬灯が見えるんじゃなかったっけ? ……こんなこと考えるなんて、あたしってば暢気だなぁ。)
どこか他人事のように、自分にむかって腕が振り下ろされるのを月音は見ていた。
その時。
斬。
『ギャアァァァァァッ!!!』
化け猿が絶叫とともに倒れた。
見れば、化け猿の背が大きく切り裂かれている。
『何者曲者そこの者』
猿たちが何故か韻を踏んでざわめく中、広場に飛び込んできたのは二つの小さな影。
『しっぺい太郎だァァァッ!!』
影の一つが月の光に照らされ、狼の姿があらわになると、猿たちが悲鳴を上げた。
狼はどこからともなく刀を取り出し、口にくわえると逃げ惑う猿たちを切り捨てて行く。
そして、もう一つの影は月音に駆け寄った。
「月姉、けがはない?」
「薫くん!?」
月音は驚きの声を上げるが、薫の背後からなぐりかかろうとする猿の姿に気づいて息をのむ。
「あぶな……!」
警告の言葉は、しかし必要なかった。
薫が無造作に腕をふるうと、猿はあっけなく両断された。
「今のは……風?」
間近で見た月音の目は、かろうじてとらえた。薫を取り巻くように吹くつむじ風が、鋭い刃となって猿を切り裂いたのだ。
切り裂かれた猿は、淡い光を散らしながら消えていく。
「軽い。倒すのは簡単だけど、こう数が多いと」
襲いかかってくる猿を切り裂きながら、薫は眉をひそめた。
「このままじゃさすがに……月姉、何を持ってるの?」
ふと、薫は月音の手が握りしめているものに気づいた。
それは、菊翁に渡された護符だった。
「これって、もしかしてぼくが書いた護符?」
「え、そうなの? 菊おじいちゃんが、とりあえずお守りに持っとけって」
請われるまま護符を渡すと、薫はそれをじっと見つめ、間違いないとつぶやいた。
「……月姉、この護符もらっていい?」
「う、うん。いいけど」
困惑しながらうなずくやいなや、薫は猿の群れの中につっこんだ。
猿たちの攻撃をかわしつつ、護符を力強く地面にたたきつける。
薫を中心として、地面に五芒星の光が浮かび上がった瞬間、すさまじい風が吹いた。すべてを押し倒そうとするかのような下降気流だ。
『ギ、ギギイィ』
猿の何匹かが風に耐え切れず、その場に膝をつく。さらに、
オオーンッ
狼の遠吠えが響き渡った。
遠吠えに応えるかのように宙に現れるのは無数の古銭。三途の川の渡し賃とばかりに放たれた古銭は次々と猿を打ち抜いて行く。
連続の広範囲攻撃にさらされ、猿たちは一匹残らず消え去った。
「さ、残るは……」
薫と狼は、背中の傷をかばう化け猿ににじり寄る。
ガウッ
刀をくわえ直した狼が、化け猿に斬りかかる。
『おのれェェェ!』
腕を深く斬り裂かれるも、化け猿は裏拳で狼を殴り飛ばした。
その勢いのまま腕を振りかぶり、薫にたたきつけた。
「……!」
月音が息をのみ、化け猿が口元に嗤いを浮かべるが、両者はともに驚愕することになる。
一振りで木々を薙ぎ払う剛腕を、薫は片手で受け止めていたのだ。
かわいらしい紅葉の葉のような手につかまれ、化け猿は逆に動きを封じられる。
薫が力を込めると、腕はメキメキと音を立てて巨大化。
鬼の如き様相となった腕で化け猿のそれを握りつぶし、軽々と持ち上げると、力強く地面にたたきつけた。
『グアアァァァァァ!』
化け猿は断末魔の叫びを残し、他の猿たちのように淡い光となって姿を消した。
それを見届けた薫は異形の腕を元に戻し、その場に座り込んでしまった。
「か、薫くん、だいじょうぶ?」
呆然としていた月音だったが、ハッと我に返ると、薫にかけよった。
化け猿に殴り飛ばされた狼も戻ってきて、薫を気遣うような目をむける。
「は、はは。……腰が抜けちゃったみたい」
先ほどまでの戦いぶりがうそのように、気の抜けた様子の薫を見て、月音と狼はほっと胸をなでおろす。
ふと、月音の耳が自分の名を呼ぶ声を拾った。
さらわれた月音や、もしかしたら後から駆けつけた薫のことを探す村人だろう。
「……あたしも、もうダメかも」
冷静でいたようで、ずっと緊張していたのだろう。いろいろと安心した途端、全身から力が抜けて、月音もへたり込んだ。
月音は驚いていた。
神楽を舞い終えた薫が倒れるのとほぼ同時、闇の中から2メートルはあろうかという猿の化け物が飛び出して、月音をさらって走り去ったのだ。
しかし、さらわれたという事実よりも、こんな状況にありながら冷静でいられる自分の図太さに驚いた。
(お祓いしてもらったのになぁ)
などと、緊張感のないことが頭に浮かぶ。
山林の中をどれだけ走っただろうか。化け猿は唐突に足を止めると、空にむかって咆哮を挙げた。
『オオオォォォォォッ!!!』
すると、あちらこちらから枝を伝い、地を走り、たくさんの影が集まってくる。
近寄るにつれて、影の正体が猿であるのがわかった。化け猿に比べれば小柄だが、それでも成人男性ほどの大きさである。
化け猿は月音をその場に下すと、ブンッと腕を振るった。
それだけで、周囲の木々が薙ぎ払われる。
つづけて腕が振るわれれば、即席の広場ができあがった。
広場の中心に座らされた月音は、これからどうなるのかと戦々恐々しながら、化け猿を見上げることしかできない。
猿たちが月音を囲んで円陣を作ると、化け猿が大声をはりあげた。
『しっぺい太郎はおるまいな!』
『しっぺい太郎はおりませぬ!』
まわりの猿たちが、応えるように叫ぶ。
月音を中心とした猿たちの踊りが始まった。
『今宵この場のこの事は 信州信濃の山奥の しっぺい太郎に知らせるな スッテンスッテンスッテンテン』
奇妙な歌にのせた猿の踊りはしばらくつづいたが、やがて歌声が止み、化け猿が月音の前に立った。
ゆっくりと腕が振り上げられるのを見て、月音はとうとう自分が殺されるのだと思った。
(死ぬ直前って、走馬灯が見えるんじゃなかったっけ? ……こんなこと考えるなんて、あたしってば暢気だなぁ。)
どこか他人事のように、自分にむかって腕が振り下ろされるのを月音は見ていた。
その時。
斬。
『ギャアァァァァァッ!!!』
化け猿が絶叫とともに倒れた。
見れば、化け猿の背が大きく切り裂かれている。
『何者曲者そこの者』
猿たちが何故か韻を踏んでざわめく中、広場に飛び込んできたのは二つの小さな影。
『しっぺい太郎だァァァッ!!』
影の一つが月の光に照らされ、狼の姿があらわになると、猿たちが悲鳴を上げた。
狼はどこからともなく刀を取り出し、口にくわえると逃げ惑う猿たちを切り捨てて行く。
そして、もう一つの影は月音に駆け寄った。
「月姉、けがはない?」
「薫くん!?」
月音は驚きの声を上げるが、薫の背後からなぐりかかろうとする猿の姿に気づいて息をのむ。
「あぶな……!」
警告の言葉は、しかし必要なかった。
薫が無造作に腕をふるうと、猿はあっけなく両断された。
「今のは……風?」
間近で見た月音の目は、かろうじてとらえた。薫を取り巻くように吹くつむじ風が、鋭い刃となって猿を切り裂いたのだ。
切り裂かれた猿は、淡い光を散らしながら消えていく。
「軽い。倒すのは簡単だけど、こう数が多いと」
襲いかかってくる猿を切り裂きながら、薫は眉をひそめた。
「このままじゃさすがに……月姉、何を持ってるの?」
ふと、薫は月音の手が握りしめているものに気づいた。
それは、菊翁に渡された護符だった。
「これって、もしかしてぼくが書いた護符?」
「え、そうなの? 菊おじいちゃんが、とりあえずお守りに持っとけって」
請われるまま護符を渡すと、薫はそれをじっと見つめ、間違いないとつぶやいた。
「……月姉、この護符もらっていい?」
「う、うん。いいけど」
困惑しながらうなずくやいなや、薫は猿の群れの中につっこんだ。
猿たちの攻撃をかわしつつ、護符を力強く地面にたたきつける。
薫を中心として、地面に五芒星の光が浮かび上がった瞬間、すさまじい風が吹いた。すべてを押し倒そうとするかのような下降気流だ。
『ギ、ギギイィ』
猿の何匹かが風に耐え切れず、その場に膝をつく。さらに、
オオーンッ
狼の遠吠えが響き渡った。
遠吠えに応えるかのように宙に現れるのは無数の古銭。三途の川の渡し賃とばかりに放たれた古銭は次々と猿を打ち抜いて行く。
連続の広範囲攻撃にさらされ、猿たちは一匹残らず消え去った。
「さ、残るは……」
薫と狼は、背中の傷をかばう化け猿ににじり寄る。
ガウッ
刀をくわえ直した狼が、化け猿に斬りかかる。
『おのれェェェ!』
腕を深く斬り裂かれるも、化け猿は裏拳で狼を殴り飛ばした。
その勢いのまま腕を振りかぶり、薫にたたきつけた。
「……!」
月音が息をのみ、化け猿が口元に嗤いを浮かべるが、両者はともに驚愕することになる。
一振りで木々を薙ぎ払う剛腕を、薫は片手で受け止めていたのだ。
かわいらしい紅葉の葉のような手につかまれ、化け猿は逆に動きを封じられる。
薫が力を込めると、腕はメキメキと音を立てて巨大化。
鬼の如き様相となった腕で化け猿のそれを握りつぶし、軽々と持ち上げると、力強く地面にたたきつけた。
『グアアァァァァァ!』
化け猿は断末魔の叫びを残し、他の猿たちのように淡い光となって姿を消した。
それを見届けた薫は異形の腕を元に戻し、その場に座り込んでしまった。
「か、薫くん、だいじょうぶ?」
呆然としていた月音だったが、ハッと我に返ると、薫にかけよった。
化け猿に殴り飛ばされた狼も戻ってきて、薫を気遣うような目をむける。
「は、はは。……腰が抜けちゃったみたい」
先ほどまでの戦いぶりがうそのように、気の抜けた様子の薫を見て、月音と狼はほっと胸をなでおろす。
ふと、月音の耳が自分の名を呼ぶ声を拾った。
さらわれた月音や、もしかしたら後から駆けつけた薫のことを探す村人だろう。
「……あたしも、もうダメかも」
冷静でいたようで、ずっと緊張していたのだろう。いろいろと安心した途端、全身から力が抜けて、月音もへたり込んだ。
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2013/04/29 (Mon)00:00
6
目をあけると、泣きそうな美花の顔が見えた。
「……かあさ」
「よかった、気がついたのね」
美花は薫を抱きしめ、席を切ったように泣き出した。
「なんだか、夢を見てた気がする」
よく覚えてないけどいい夢だった、とぼうっとしたままつぶやいた。
薫は舞台の脇に寝かされていたようだった。周囲には大勢の人が心配そうに薫を見守っており、目が覚めて良かったと胸をなでおろしている。
「薫くんが目を覚ましたって!?」
人ごみをかきわけて現れたのは村中だった。
「だいじょうぶかい?」
目線を合わせ、薫の顔をのぞきこむ。
呆けた目つきでうなずくと、村中は重々しく告げた。
「村永・月音さんがさらわれた」
「……え? 月姉が?」
冷水を浴びせられたように、頭がさえた。
「ちょっとあなた!」
「村の男たちが追ってるけど、彼らじゃ助けられない」
美花の抗議を無視して、村中はつづけた。
「しばらく雨がつづいたから、地面がぬかるんでる。足跡がくっきり残ってるから、見失うことはない」
「……ありがとうございます」
礼を言って、薫は美花の腕から抜け出した。
「薫? どうするつもり?」
「助けに行くよ」
驚いて止めようとする美花を押しとどめたのは、村中だった。
「お母さん、ここは薫くんに任せて」
「なに言ってるの!? 薫は小学生なのよ!?」
「母さん!」
髪を振り乱して抗議する美花を、薫が一喝した。
「これはぼくにしかできないことだから、どうか行かせて。上手く説明できないけど、ぼくなら大丈夫。それに、一人じゃない」
そう言って、かたわらを見る。
オンッ
そこには、勇ましく尾を振る狼の姿があった。
「え? 犬? いつの間に」
「犬じゃなくて、狼なんだけど」
混乱する美花を見て、薫は苦笑する。
この狼がいったい何者で、どうしてここにいるのか、薫にもわからない。ただ、知っている。狼はこれからずっと薫のそばにいる。よき友であり、最高の相棒でありつづけるということを。
「じゃあ、行ってきます」
それだけ言い残して、薫は狼とともに地をけった。
目をあけると、泣きそうな美花の顔が見えた。
「……かあさ」
「よかった、気がついたのね」
美花は薫を抱きしめ、席を切ったように泣き出した。
「なんだか、夢を見てた気がする」
よく覚えてないけどいい夢だった、とぼうっとしたままつぶやいた。
薫は舞台の脇に寝かされていたようだった。周囲には大勢の人が心配そうに薫を見守っており、目が覚めて良かったと胸をなでおろしている。
「薫くんが目を覚ましたって!?」
人ごみをかきわけて現れたのは村中だった。
「だいじょうぶかい?」
目線を合わせ、薫の顔をのぞきこむ。
呆けた目つきでうなずくと、村中は重々しく告げた。
「村永・月音さんがさらわれた」
「……え? 月姉が?」
冷水を浴びせられたように、頭がさえた。
「ちょっとあなた!」
「村の男たちが追ってるけど、彼らじゃ助けられない」
美花の抗議を無視して、村中はつづけた。
「しばらく雨がつづいたから、地面がぬかるんでる。足跡がくっきり残ってるから、見失うことはない」
「……ありがとうございます」
礼を言って、薫は美花の腕から抜け出した。
「薫? どうするつもり?」
「助けに行くよ」
驚いて止めようとする美花を押しとどめたのは、村中だった。
「お母さん、ここは薫くんに任せて」
「なに言ってるの!? 薫は小学生なのよ!?」
「母さん!」
髪を振り乱して抗議する美花を、薫が一喝した。
「これはぼくにしかできないことだから、どうか行かせて。上手く説明できないけど、ぼくなら大丈夫。それに、一人じゃない」
そう言って、かたわらを見る。
オンッ
そこには、勇ましく尾を振る狼の姿があった。
「え? 犬? いつの間に」
「犬じゃなくて、狼なんだけど」
混乱する美花を見て、薫は苦笑する。
この狼がいったい何者で、どうしてここにいるのか、薫にもわからない。ただ、知っている。狼はこれからずっと薫のそばにいる。よき友であり、最高の相棒でありつづけるということを。
「じゃあ、行ってきます」
それだけ言い残して、薫は狼とともに地をけった。
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