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今後の掲載予定 【小説】薫と紗織の出会い 【設定】薫の戦闘スタイルや人間関係など補足 【設定】紗織のプロフィール
2024/05/20 (Mon)09:05
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2015/05/07 (Thu)20:54
_田抜と狸、読みこそ同じ「たぬき」であるが、アクセントが異なる。曰く、狸が「もみじ」なら田抜は「かえで」と同じなのだとか。
 紗織は狸と呼ばれるのを極端に嫌っていた。特に、嘲弄が込められているのを感じ取ったなら、烈火のごとく怒り狂う。
 タヌキの……否、虎の尾を踏んでしまった不良たちに胸の内で合掌しながら、月音はそっと紗織から離れた。
 月音が十分に距離をとったのを、ちらりと目の端で確認した紗織は、改めて不良たちに向き合った。
「少々、お灸を据えてやらないといけないようね」
「うるせェ! 女だからって下手にでてりゃいい気になりやがって!」
 紗織に投げられた不良はよろよろと立ち上がると、血走った目でほえた。
 仲間のふたりが左右に散って、紗織を取り囲む。
 ……なるほど、喧嘩慣れしてる。
 三人の息の合った動きを見て、紗織は目を細めた。
 正統な武術の心得がなくとも、数多くの実戦経験から身に付いた喧嘩殺法は油断ならないものだ。三人一度にかかって来られたら、危ういかもしれない。
 呼吸ひとつで怒りに燃える頭を冷まし、紗織はすばやく三人の不良を観察した。
 さきほど投げた不良は真正面。頭に血が上っている様子で、今にもなぐりかかってきそうだ。そして、他のふたりは左右後方からこちらの隙をうかがっている。
「んの、野郎!」
 弾かれたように、正面の不良が腕を振り上げて襲い掛かってきた。
 同時に、紗織も身を躍らせる。
 後方へ、と。
「ぶへっ!?」
 驚愕と苦悶苦痛が入り交じった声とともに、重い感触が紗織の左手に伝わった。
 正面の不良の動きに合わせて踏み込もうとした左後方の不良へ、紗織の裏拳が炸裂したのだ。
 それだけで紗織の動きはとまらない。不意打ち気味に横面を殴り飛ばされた不良が倒れるよりも速く、正面の不良に身を寄せると、顔面への拳打につづけて腹へ前蹴りをくれてやる。
 まさに一瞬の出来事だった。疾風迅雷の迅業でふたりを沈めた紗織を前に、残された右手の不良は一歩も動くことができなかった。
 紗織がにじり寄ると、不良は青い顔で後じさった。
「な、なんだよ、そんなの反則じゃねえか。お前んとこは剣道場だろ!」
 逆ギレして叫ぶ顔をよく見れば、紗織の道場のことを知っている様子だった不良である。
「刀なしでは戦えないと思った? お生憎、うちの流派では無刀の体術にも重点を置いているのよ」
 冷笑して、紗織はにじり寄る。
「ち、ちくしょう!」
 捨て鉢になって突っ込んできたのをなんなくかわし、不良の体が泳いだところで袖をつかんで投げ飛ばす。
 腰から地面に落下した不良は、ギャッと悲鳴を上げてのたうち回る。
 圧倒的の一言につきる有り様に、離れて見ていた月音も引き気味だ。
「う、うわぁ……あ、えっと、もう終わった?」
「まだよ」
 恐る恐る近寄ろうとした月音を、紗織は手で制した。
「殴られ慣れてるのかしら、なかなか頑丈ね」
 見ると、倒れ伏していた不良たちは、苦痛に震えながらも立ち上がっていた。
 少しばかり感心したような表情で、しかし怒りを前面に紗織は構えを取る。
「私としても、いささか物足りなかったところ。人の名前を、道場の看板をけなしてくれた礼は、まだまだこんなもんじゃないわよ」
 立ち上る憤怒のオーラに気圧されて、不良たちはジリと後じさる。それでも矜持が邪魔をするのか、逃げ出そうとはしない。
 プレッシャーに耐えかねて、不良のひとりが遮二無二突っ込もうと拳を振り上げた、そのとき。

「――祓いたまえ、清めたまえ」

 場違いな、清浄な祝詞を乗せて、涼やかなそよ風が路地を走り抜けた。と同時に、不良たちは意識を失ってバタバタと倒れる。
「……っ!? こ、これは!」
 その現象に、紗織は覚えがあった。
 ほんの一週間前、この目で見たばかりだったのだ。
「……あ、月音!」
 慌てて振り返れば、月音も不良たちと同様に地面に崩れ落ちようとしているところで、小柄な人影が駆け寄り、その体を抱き留めた。
「とっとと! 《魂鎮めの風》の効果範囲、見誤ったかな」
 決まり悪そうに雪のような白髪をいじり、それから不思議そうに藍色の瞳を瞬いて、紗織を見た。
「……なんで寝てないの?」
 キョトンと首をかしげる、妙に整った顔立ちの少年は、奇しくも一週間前、遊園地にて紗織たちを襲撃したときとまったく同じセリフを口にしたのだった。



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2014/07/27 (Sun)13:32
_終礼を終えると、紗織はそそくさと教室を後にした。
 紗織はもともと帰宅部なので、特別予定がない限りはまっすぐ家に帰るのが日常だった。もっとも、今の紗織は、所属しているクラブがあったとしても、行く気にはなれなかっただろう。
「……はあ」
 憂鬱な溜め息がこぼれた。
 他人の心の『声』は相変わらず聞こえてくる。収まるどころか、日に日に聞こえてくる頻度は多くなっていた。聞いたからといってどうにかなるような、たいした内容は聞こえてこないが、だからといって気にしないでいられるわけでもなく、気がめいる一方だ。
 ……この調子だと、そのうち登校できなくなりそうね。
 胸の内でつぶやいて、紗織はふたたび溜め息をついた。
「紗織ちゃん、大丈夫?」
 後から追いかけてきた月音が、心配そうに紗織の顔を覗き込んだ。
「顔色悪いよ? それに最近、あたしも他の人のことも避けてるみたいだし」
 幼馴染が行方不明だとかで、ずっと落ち込んでいた月音だったが、先日、それが無事に見つかったという連絡を受けて立ち直っていた。
 元気になってやっと周囲へ目を剥ける余裕ができたようで、紗織の様子がおかしいことにも気付きやたら気にかけてくるようになった。
「ああ……ごめん、ちょっとね」
 まさか、ついうっかり心の『声』を聞いてしまいたくないから避けているのだ、などと言うわけにもいかず、紗織はあいまいな笑みを返した。
 それを見て何を思ったか、月音は口元に不満そうな色を浮かべていっとき思案していたが、
「……紗織ちゃん、これから予定ある?」
 と、唐突にたずねた。
「え、っと……夕飯の買い物してから帰るつもりだけど」
 下校途中のスーパーで夕飯の買い物をするのも、紗織の日課であった。
「ん、じゃあ、あたしもいっしょにいく」
「えっ?」
 急な展開についていけず、目を白黒させる紗織に、月音はニコリと笑みをむけた。
「ほら、あたしが自炊してるの知ってるでしょ? 今日は、紗織ちゃんと同じお店で買い物する」
 月音は田舎から単身上京してきていて、学校の寮に下宿しているのを紗織は知っていた。寮には食堂もついているが、自炊する生徒も多いという。
「別にいいけど……遠いわよ?」
「気にしない気にしない。さ、そうと決まれば早く行こう!」
 困惑を浮かべながらも、月音の勢いに押し切られてしまった紗織であった。

 学校から電車で駅を四つ下り、少し歩いたところに、紗織行きつけのスーパーがあった。
「やあ、こうやってふたりでお出かけするのも、久し振りだね」
 紗織と並んで歩きながら、月音が言った。
「この間、いっしょに遊園地へ行ったじゃない」
「えー、あんな前の話、この間とは言わないよ」
 ……まだ、一週間も経ってないじゃない、などと言葉を交わしていると、
「ようよう彼女、ちょっと俺たちと遊ばね?」
 耳障りな、軽薄な声が割り込んできた。
 何かと目をむけてみれば、いわゆる不良風の若者が三人、紗織たちの前に立ちふさがっている。
 周囲を見渡してみても人気はなく、助けは期待できそうにない。
 怯えた様子の月音を背に庇いながら、紗織は小さく嘆息した。
「……最近は治安もよくなって、こういうの見かけなくなってたんだけどなぁ」
 そうでなければ、毎日の買い物でもこの道を使っていない。しかも、今日は月音を連れているのだ。
「何ブツブツ言ってんだよ」
 不良の威圧的な視線を、紗織はまっすぐににらみかえした。
「急いでいるので、通してもらえますか?」
 慇懃だが、いらだちを隠そうともしない紗織の声色に、しかし不良たちはニヤニヤと不敵な嗤いを隠そうともせず、近づいて来る。
「さ、紗織ちゃん……」
「ふむ……」
 背中に触れる月音の手が、かすかに震えているのを感じながら、紗織は思考をめぐらす。
 ……戦ってもいいんだけど。でも、制服姿だし、いろいろとあとが面倒そうねぇ。駅の方に走れば人も大勢いるだろうし、
「逃げるか」
 そう結論づけて実行に移そうとした、そのときだった。
「ああ、どっかで見たことあると思ってたら、思い出した」
 不良のひとりが手を打った。
「この黒髪ロング、あれだ。なんか道場やってるとこの」
「道場? へえ」
 隣の不良が、好奇の目を紗織にむけた。
「なんて名前だったかな。たしか……タヌキ、とか」
「狸? なんだそりゃ」
「わけわかんねえよ。狸の道場って、強えのか?」
 ゲラゲラと品のない嗤い声に、紗織のこめかみがひくついた。背後で月音が、あちゃーと天を仰ぐような気配があるが、無視する。
 紗織のまとう空気が一気に冷えたことに気づいた様子もなく、不良は馴れ馴れしく肩を触る。
「……まあ、どうでもいいや。それより、俺らと遊ぼうぜ、狸ちゃん?」
「…………うな」
 押し殺した声で、紗織が何か言った。
 聞き取れなかった不良が、何? と顔を寄せると、
「ぎゃっ!?」
 不良は、悲鳴を上げて地面に倒れていた。
 柔術の呼吸で投げたのだが、はたから見れば、紗織が肩に触れられた手を払い落としたら、不良が勝手に倒れたようにしか見えなかったに違いない。
「狸って言うなあぁぁぁぁっっ!!」
 普段は熾火のように静かな熱をたたえている双眸に烈火の炎を燃やし、紗織は天を貫くような怒号を上げた。



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